鹿児島県警の直轄ルーキー警察犬ウォルト・フォム・ネーベル・ドルフ号(シェパード・雄1歳2カ月)が、初出動で5時間半かかっても見つからなかった行方不明者を、たった4分で発見した頼もしいニュースがありました。
5時間半かかったのを4分で解決…ルーキー警察犬が初出動でいきなりお手柄 行方不明の男性見つける(南日本新聞) – Yahoo!ニュース
ニュースなどで警察犬が行方不明者を短時間で発見すると、「なぜ最初から警察犬を使わないのか?」と疑問に思う方が多いです。
警察犬は優れた嗅覚を持つ強力な捜索サポートなので、最初から使えば効率よく見つかるのでは?──一見そう感じますが、現実の捜索現場では複雑な事情があり、単純に「最初から使うべき」とはいきません。
本記事ではその理由をわかりやすく解説します。
“ウォルト号“出動が遅い理由とは?
今回の捜索では、ウォルト号が出動する前に、多くの警察官や消防、地元の協力者による広範囲の捜索が行われました。
それでも発見に至らなかったのは、現場の地形や状況が複雑だったことに加え、ウォルト号の能力を最大限に発揮させるための条件が整うまで時間が必要だったからです。
ウォルト号は、対象者が残した衣服や持ち物の匂いを基準に、周囲の広大な範囲からその人だけを嗅ぎ分けます。
しかしこの嗅覚は、匂いが他の人や物に混ざってしまうと精度が落ちてしまいます。
初動で大勢が一斉に現場に入ってしまうと、足跡や体臭が入り混じり、追跡が難しくなるため、まずは人による聞き込みや安全確認、現場範囲の絞り込みが優先されました。
さらに、ウォルト号はルーキーとはいえ警察犬の中でも選抜された直轄犬。
出動には訓練士との準備や移動時間が必要で、無暗に呼び寄せるのではなく、「ここぞ」というタイミングで登場させるのが鉄則です。
今回の4分での発見劇は、そうした慎重な判断と準備の末に生まれた“ルーキーらしからぬお手柄”だったのです。
ウォルト号を“温存”した理由──匂いを守るための初動判断
行方不明者が発覚すると、警察・消防団員やボランティアなど多くの捜索者が現場に入ります。
したがってこれらが混ざり合います。この「匂いの混在」が警察犬の嗅覚を混乱させるのです。多くの人が動き回ると、対象者の匂いは他の多数の匂いに埋もれてしまい、追跡が極めて困難となります。
実際、指導手(警察犬のトレーナー)からも「初動捜索に多くの人が入ると犬の嗅覚による捜索効果が落ちる」として注意喚起されています。
警察犬は「切り札」として効果を最大化する存在
警察犬は数も限られており、人員や指導手の確保、装備の準備も必要です。
これらを経てから出動します。
現場の指揮本部では、「匂いが明確で混ざっていない状態で犬を投入すること」が重視されます。これにより、万全な状態で犬の能力を最大限に引き出すことが可能です。
環境条件や地形も影響
天候(風・湿度・雨・気温)
風 | 風向きは警察犬の捜索結果に大きく影響します。匂いは風によって運ばれるため、警察犬は鼻を上げて空気中の匂い粒子をキャッチし、風下に向かって進むことが多いです。逆に、複雑な地形や強風だと匂いが拡散し、特定が難しくなります。 |
雨・湿度 | 適度な湿度があると、臭気分子が地面や草木にまとまりやすく、かえって匂いが残りやすくなることもあります。一方、豪雨は匂いそのものを流してしまい、地面の痕跡臭(足跡臭気)が消えてしまうので、雨の強さによっては警察犬が苦戦します。 |
また、雨上がりに温度や風向きが変わると、匂いの「流れ」や「滞留」の状況も変化し、犬はその変化を敏感に察知して動きを変える必要があります。 | |
気温 | 夏の熱い日には、路面温度が非常に高くなり、犬が地面に鼻を近づけて行動するには危険が伴います。また、匂いが地表で分解されたり、舞い上がったりして、通常より残りにくくなることもあります。 |
地形や現場の性質
多湿な森・草むら | 樹木や草が生い茂る場所は、地面や葉に匂いが付着しやすく、曇りや霧のときは臭気が空間に滞留しやすいです。木々で風が遮られることも有利に働きます。 |
舗装道路・アスファルト | 硬い舗装面は土や草むらと違って臭気が定着しにくいため、警察犬でも追跡が難しくなります。特にたくさんの人や車が通る場所だと匂いが薄れてしまい、警察犬の強みが十分発揮できません。 |
河川沿い・斜面・山林 | 河川や斜面では、風の吹き方や匂いの流れ方が複雑になります。水や谷風が臭気を運び去ってしまったり、逆に狭い場所に匂いがたまったりします。崖や山林は足場が悪く、犬自身の移動も困難になったり、危険が増すこともあります。 |
地形の起伏がある場所では、空気の流れが巻き込んだり、臭気が滞留したりするため、犬は大きく円を描きながら慎重に捕捉して進む行動がよく見られます。 |
警察犬の追跡スタイルの変化
警察犬には「空気中の匂い(浮遊臭)」を追うタイプと、「地面の足跡や痕跡臭」をたどるタイプがあります。状況によって「鼻を上げて空気を嗅ぐ」「地面すれすれを歩く」など動作が異なり、環境や地形の変化に応じて最適な嗅ぎ分け方を判断します。 |
匂いが途切れた場合は、警察犬は円を描くように歩き回り、新たな臭気を探したりします。これらは現場でよくみられる合理的な“習性”です。 |
犬の体調や安全面
夏の猛暑や冬の極寒では犬自身の体調にもリスクが伴います。猛暑日、地表温度が70℃近くに達することもあり、熱中症の危険と隣り合わせです。気温や地形によっては、犬の投入タイミングを安全面からも慎重に見極める必要があります。 |
まとめると…
警察犬の嗅覚は驚異的ですが、「どんな現場でも必ず最大パフォーマンス」というわけではありません。天候や地形は、臭気の残り方や流れを大きく左右し、警察犬の動き方や投入タイミング、期待できる効果まで複雑に影響します。そのため、現場では環境条件を丁寧に見極め、最も効果的なタイミング・場所を選んで警察犬を投入しているのです。
誤解されやすい「すぐ使える」イメージ
警察犬の投入に関して、ネットやSNSでは「警察犬はいつでも最大効果で使える万能の存在」と誤解されがちです。確かに警察犬の嗅覚は非常に鋭く、捜索能力は人間に比べて圧倒的に優れています。しかし、実際の現場では警察犬の効果を最大限に発揮させるためには、細心かつ慎重な計画と判断が不可欠です。
まず、指導手(警察犬を扱う専門の訓練士や捜査責任者)は、捜索現場の状況を詳細に把握します。天候や地形、匂いの残留状態、捜索対象者の性別や服装、興奮やストレスの多い環境など、多くの要素を考慮しながら、犬の投入タイミングと方法を調整します。誤ったタイミングで犬を投入すると、匂いが混ざって追跡が困難になるだけでなく、犬の集中力や体調にも悪影響を及ぼす可能性があります。
また、警察犬の訓練や健康管理も常に万全を期しており、無理な投入は犬自身の安全や寿命にも影響するため、適切な投入計画が不可欠です。指導手は現場で犬の状態を細かく観察し、必要に応じて休憩や水分補給を行いながら、最大のパフォーマンスが発揮できるように調整しています。
さらに、警察犬の投入は単独の行動ではなく、捜査チーム全体の戦略の一環として緻密に計画されています。人手による聞き込みや物的証拠の収集、地形の把握などと連携しながら、効率的かつ安全に捜索を進めるための重要な役割を果たしているのです。
このように、警察犬は「いつでも使えばすぐに結果を出せる」という単純な存在ではなく、現場の指導手や捜査責任者の慎重な判断と高度な技術によって最大限に活かされている、まさに「即戦力」の存在なのです。だからこそ、彼らの努力と計画が裏打ちされた投入が、皆の命を救う結果につながっているのです。
警察犬“ウォルト号“投入の真実:最適なタイミングが命を救う
警察犬を最初から使わない理由は、単純に「使わない」のではなく、「最大限に効果を発揮するために最適なタイミングを待つ」ためです。匂いの混在を防ぎ、環境や捜索状況を判断して慎重に運用することで、警察犬の鋭い嗅覚を余すことなく活かしています。
警察犬は「切り札」であり、命を救うための貴重な戦力。正しい理解と敬意を持って、彼らの活躍を見守りましょう。
この記事が「なぜ警察犬を最初から投入しないのか」という疑問を明確にし、現場のリアルな事情をわかりやすく伝える一助になれば幸いです。
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